シルフル小説 リオ編6話
 

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立て篭もり事件の起こった雑居ビル周辺からは事件当初の物々しさはなくなっていた

規制線辺りに陣取っていたマスコミもその空気に事件の鎮圧を察しようとしている

落ち着きを取り戻した現場では 裏緒(リオ)達 3人がこの事件の担当である矢部(ヤベ)警視からの帰宅命令を待つばかりであった

現場の雑居ビル前に張られたテントには机が配置され 警官が待機できるようになっている

そこに並べられた椅子に 3人は腰掛け 矢部警視の登場を待っていた

「ああ 眠い 早く帰って休みたいわ」

待つのにもだれてきた夕(ユウ)の口から言葉が零れ落ちる

「今日も平日だよね〜 夕ちゃん学校は大丈夫なの?」

夕は現役の中学生である 時刻がそろそろ日の昇る時間のため和人(カズト)が心配した

「学校?そんなもの休むわよ そもそもあんまり行く気もないし」

「えー 行ったほうがいいよ 楽しいこともあるでしょう?」

和人は自分が学校に通えなかったためか夕に登校を進めた

「楽しいことなんてないわよ そもそも就職するために学校なんて行くとこよ 

すでにここで働いてる私にはいく必要もないわ」

「楽しいことがないの? なら行かなくてもいいかもね」

「どっちよ!?」

楽しくない その言葉を聴くと和人はすぐに引き下がった 和人の中では学校は楽しいものというイメージらしい

意見をころころ変える和人を見た夕はあまりいい気はしてないようだ

「3人とも そろっているな」

そこへ 雑居ビルより出てきた矢部警視が声をかける

「矢部警視 お疲れ様です」

「警視おつかれさま〜」

裏緒に対して軽い挨拶をする和人 夕は見つめるだけであった

「君たちのおかげで速やかに事件を解決することができた」

矢部は3人に対し労いの言葉をかけた しかしすぐ後に言葉を続けた

「ただ君たちには 一つ理解してほしいことがある 

たとえ仕方なかったとしてもだ 人の命は尊いものだ それだけは心に刻んでほしい」

3人は矢部の目を見据え聞き入る

「以上だ後は帰宅してくれ 家まで送る車の手配はしてある 後は迎えが来るまで待っていてくれ」

矢部は話し終えると現場に戻っていった それを見ている3人はポカンとしていた

いつもならここから長々と説教が始まるのだが 今回はあっさり終わってしまったためだ

「なんだか拍子抜けしたわね」

あまりにもあっさり引き上げた矢部に対して 夕は肩透かしを食らった気持ちだった

「矢部警視ももう言い尽くして 話すことがないのかもね」

和人らしい楽天的な意見だ

「まあ 無いなら無いほうがいい」

「あの・・・車の準備ができましたのでこちらに」

裏緒がそう言った所に ちょうど送りを頼まれた運転手が現れた 彼はくしくも現場に運んでくれた運手主であった

車に乗り込むと エンジン音と共に車は走り出し現場を後にした 

帰りの車の中は静かであった 会話といえば各々の家の方向を運転手に指示するくらいである

夕を送り終え 裏緒 和人と車は送っていった 彼らが家路に着くころにはすでに日が昇っていた

立て篭もり事件 そんな大事件が嘘であったかのような日常に彼らは帰っていく

夕は家路に着くと着替えもせず そのままベッドに入り眠りについていた

裏緒は帰るや否や朝食の支度に入る 妹達の食事のしたくは彼のいつものことであった

和人もマンションの自分の部屋にたどり着いていた 暗い部屋の明かりをつけ 洗面台に行き 眼鏡をはずし顔を洗った

鏡に映る自分の顔は眼鏡を掛けていないためよく見えないが その目の鋭さは感じ取れる

顔を拭き眼鏡を掛けると 鏡に向かい笑みを浮かべてみた その顔に納得し 和人は寝る支度を整えて床に就いた

大きな事件の後は皆の仕事を一日休みにしてある 彼らは次の仕事まで心行くまで寝ることができるであろう

能力者鎮圧の様な大事件は年に1、2回あるかという程度 他にも裏緒達には専門の仕事はあるが そちらも頻繁には起こらない

そのため普段やっている仕事は他の課や係からまわされる雑用が主である

能力者が関わる事件でも 強い能力者が関わって居ない限りは裏緒たちには回ってこず 他の警察課や係で処理されるのが殆どで

裏緒達が担当する能力者が関わる事件といえば 他の課などが能力者の犯人を逮捕しに行くときに護衛することがたまにあるていど

そのため3人という少なさでも十分やっていける むしろ暇なくらいというのが日常であった

明日にはまたその日常に戻っていくのであろう

数日後

「矢部警視 到着しました」

部下の警官が矢部に報告する 矢部は先の事件で逮捕した能力者の護送に自らあたっていた

能力者専用の刑務所は日本に一箇所だけ配置されており 矢部が管轄する県からはかなりの距離はあったが責任から自らも同行していた

「警視自ら はるばるお越しいただくとは」

刑務所の担当官が挨拶に出てきた

「いえ これも任務なので大したことはありませんよ」

挨拶を済ませた矢部は護送の指揮を執り無事犯人を収容し終えた 

「矢部警視 任務お疲れ様です」

手続きを終え建物の外へ向かおうとした矢部に 先ほどの担当官が見送りに現れた

「外までご一緒しますよ」

担当官がそう言うと 2人は世間話などをしながら外へ向かって歩いていた

「しかし最近では能力者による大事件というのがめっきり減ってしまいましたねぇ」

担当官がそう切り出した

「事件が減るのは好い事ではありませんか」

減ってしまった と言う言い回しが矢部の頭に引っかかった

「いえね 実験台の不足に困っているのですよ」

「実験台!?」

担当官の言葉に耳を疑い 矢部は聞き返した

「ああ 口が滑ってしまいましたね 警視はまだ知らないのでしたか 

まあ彼方ほどの人物なら何れ聞くことになるでしょうし 話してもいいかもしれませんね」

ここに送られてきた能力者達に何が行われているか その真実を矢部は耳にすることになった

耳を疑うそんな内容を黙々と担当官は話す それは非人道的と言う内容の言葉しか思いつかず

そのような話を平然とする担当官が人間とすら思えない そんなことすら考えさせられる内容であった

「世に仇をなしたもの達には 相応しい刑かもしれませんね」

「・・・そうですね」

担当官の言葉に矢部は大きな怒りを覚えつつも それをぐっと堪えて話をあわせた

そして矢部は護送車の助手席に乗り込み刑務所を後にした

帰りの車の中では様々なことが頭に浮かぶ

その中で矢部は 何故裏緒達が事件の度にあのような事を行っていたのか という事を考えた

矢部は裏緒達の実力を見抜いていたため 逮捕しようと思えばできることは分かっていた なのに何故? 

事件の度に感じていたその疑問がやっと晴れた そして矢部は思う

(彼らに命がいかに大事かと話したが 一番分かっていなかったのは俺ではないか)

この真実を知っていたら自分も彼らと同じことをしただろう そう考えると今まで彼らに言って聞かせていた自分が情けなくちっぽけに思えた

怒りや悔しさ 様々な事を頭に巡らせながら帰路を辿ったのであった・・・

翌日

裏緒の所属する課のある警察署 そこからは仕事を終えた警官らが帰宅を開始していた

(今日も疲れたな・・・晩飯のメニューは)

その中に裏緒も居た うつむき考え事をしているようだ

「やあ 裏緒君 これから少し飲みにでも行かないか」

そこには矢部警視の姿があった

「いえ 遠慮いたします」

「何だつれないなぁ ちょっと話したいことがあるんだが」

裏緒は聞くや否や断ったが矢部は食い下がる

「俺はまだ未成年なので 飲みにはいけませんよ」

「ああ なるほど それならそこのファミレスでもいい」

裏緒は引かない矢部に何かを悟り腹をくくった

「少し待ってください 家に帰りが遅れると連絡するので」

「分かった両親も心配するだろうからな」

矢部がそう答えると

「両親は今は一緒に暮らしてませんよ 家には妹がいるので飯の支度ができないから何か出前でも取れと」

「そうか あまり時間はとらせないよ」

矢部の言葉に裏緒は帰りが多少遅れるとだけ伝え 近場のファミリーレストランに向かって歩きだした

いつもながらの重いをかもし出す矢部 その彼がいかなる話をしてくるか

裏緒は様々なことを巡らせながらその後を追って歩いていった

 

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